大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所一宮支部 昭和46年(ワ)9号 判決 1974年6月28日

原告 長松院秀彦

同 長松院キクエ

右原告ら訴訟代理人弁護士 石原金三

同 小栗厚紀

同 久野忠志

被告 犬山市

右代表者市長 岡部益衛

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 清水幸雄

同 林光佑

右訴訟復代理人弁護士 山本一道

主文

一  被告は原告長松院秀彦に対し三、一三五、八二七円および右の内二、八三五、八二七円に対する昭和四六年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  被告は原告長松院キクエに対し二、八一一、一九七円およびこれに対する昭和四六年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

被告は原告秀彦に対し四、五一二、八六三円および内四、〇一二、八六三円に対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ、被告は原告キクエに対し三、九五七、〇七五円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二  被告

原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求めた。

第二原告らの請求原因

一  事故

1  日時 昭和四五年一一月一九日午後三時三〇分頃

2  場所 犬山市大字犬山字南古券八七番地日本紙工業株式会社南側道路沿いに設置されている防火水槽(以下本件防火水槽という。)

3  態様 長松院明彦(当時三才)は近所の幼児数名とともに本件防火水槽附近で遊んでいるうちに、その上部の取水口から水槽内に転落し、右幼児数名の急報により前記日本紙工業従業員ら二名が明彦を引揚げ、人工呼吸等手当を施したが及ばず死亡した。

二  被告の責任

1(一)  本件防火水槽は、昭和二四、五年頃林真一がその敷地とともに被告に対し寄附したものであり、被告の所有する公の営造物である。

(二)  かりに右事実が認められないとしても、被告は昭和四〇年頃本件防火水槽に給水管を設置した。右設置によって、本件防火水槽は右給水施設に従として附合し、被告が所有権を取得したものであり、被告の所有する公の営造物である。

(三)  かりに本件防火水槽が被告の所有でないとしても、被告が管理する公の営造物である。すなわち、本件防火水槽は被告消防署が時折点検していた。点検をしていたものが被告消防団であったとしても、消防団は消防組織法に基づく消防機関であるから事は同じである。水槽内の水は当初消防車で給水していたが、昭和四〇年頃被告が給水管を設置し、それ以後は右給水管で給水をしていた。本件防火水槽の水は火災の際消防車が来て二、三回使用している。本件防火水槽上には「消火せん、四号」と記載した看板が存した。右看板は被告が設置したものではなく、被告において設置の了解をしたものではないが、被告は撤去せよと指示したことはなく、暗黙のうちにその設置を認め、一般防火の用に供する設備であることを表示して、近隣住民に防火施設の存在を示していたものである。本件事故直後、被告の上層部の指示により被告消防署は本件防火水槽の蓋を新しくしっかりしたものに取り替えた。亡明彦の葬儀に被告の当時の総務部長日比野一富および被告消防署次長が出席し、葬儀費用は後日請求すれば被告が原告らに対し支払うとの意思を表明した。被告は火葬費用を負担し、かつ葬儀費用の一部として五〇、〇〇〇円の支払をした。以上の事実からすれば、被告は本件防火水槽を管理していたものである。また、本件防火水槽から一二〇メートル以内に消火栓はなく(消火栓は一二〇メートル位に一基設置するのが望ましい。)、約一〇〇メートル離れた地点に防火水槽が一基あるのみであって、本件防火水槽は消火活動という公の目的に供用される物的設備であり、公の営造物にあたるものである。

(四)  かりに本件防火水槽が被告の管理する公の営造物と認められないとしても、右防火水槽は土地の工作物であり、被告はこれを時折点検していること、右防火水槽に給水管を設置して給水し水槽内の水を管理していること、本件事故後右防火水槽の蓋を新らしいものに取替えたなど前記(三)において主張した事実からすれば、被告は本件防火水槽の占有者である。

2  本件防火水槽は道路沿いにあって、何人も容易に近づくことができ、その深さは約三メートルあり、常に貯水されている状況にある上、水槽上部には一辺六〇センチメートルの正方形の取水口が二か所設けられているので、この取水口から水槽内に転落すれば生命の危険がある。従って、この危険を防止するため、右取水口に接近できないよう柵を設けるか、そうでないときは、取水口に厳重な蓋をして、誤って児童、幼児が転落しないような措置を講ずる要があるのに、被告はこれを怠り、慢然鉄製の平蓋をかぶせておき、右鉄蓋が容易に横にずれる状態のまま放置していたため、右鉄蓋が横にずれて本件事故が発生したものである。

3  従って、被告は国家賠償法二条一項(前記1の(一)ないし(三)が認められた場合)または民法七一七条一項(前記1の(四)が認められた場合)の規定により、亡明彦および原告らが受けた損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  逸失利益

(一) 亡明彦は死亡当時三才であり、本件事故がなければ、二〇才から六〇才までの間稼働でき、その間一か年平均八四〇、一二〇円の収入(愛知県作成毎月勤労統計地方調査結果速報昭和四五年九月分による。)を得ることができた。これから、生活費を五〇パーセントとして控除すると純収入は一か年四二〇、〇六〇円となる。右金額を基礎としてホフマン式により中間利息を控除すれば、四、九一四、一五一円となる。

(二) 相続

原告らは亡明彦の父母であり、相続により右明彦の被告に対する損害賠償債権四、九一四、一五一円の二分の一宛を取得した。

2  慰藉料

原告らは本件事故により突然愛児を失い、他に原告らの間には男児がなく、甚大な精神的苦痛を受けた。原告らの精神上の損害に対する慰藉料としては各一、五〇〇、〇〇〇円宛が相当である。

3  葬儀費用

原告秀彦は亡明彦の葬儀費用として五五、七八八円の支出をした。

4  弁護士費用

原告秀彦は原告ら代理人に対し本件訴訟を委任し、原告らに対する認容額の一割を報酬として支払う旨約束した。よって原告秀彦はその内金として五〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

四  よって、原告秀彦は被告に対し合計四、五一二、八六三円および弁護士費用を除く四、〇一二、八六三円に対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告キクエは被告に対し合計三、九五七、〇七五円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  被告の答弁および抗弁

1  原告らの請求原因一の事実は認める。

2  同二の1の(一)、(二)の各事実は否認する。本件防火水槽は、林真一がその所有地を提供し、日本紙工業株式会社が費用を負担してこれを設置した。よって本件防火水槽は民法二四二条本文の規定により、林真一の所有に帰し、その後同人が死亡し、相続によって林銑二が所有権を取得した。もしそうでないならば日本紙工業の所有である。

3  同(三)の主張は争う。国家賠償法二条一項の「公の営造物」とは公の目的に供される有体物すなわち公物を指す。公物が公物としての性質を取得することを公物の成立と云う。公物の成立要件は公物の種類によって異なるが、防火水槽は公共用物に当るので、公共用物の成立要件を考えるに、第一に公物として一般公衆の共用使用に供しうべき形態を具備していることがあげられる。第二に公の目的に供用する旨の行政主体の意思的行為を必要とする。この意思的行為を公用開始行為という。公用開始行為は特定物件を公物として一定の公法的制限に服せしめる行為で、一種の法的行為である。よって、(1)公用開始はこれを一般に告知する必要がある。(2)行政主体が公用開始をなすに当っては、その前提として、その物の上に、一定の権原を有することを必要とする。よって他人の所有する物を公の目的に供用するためには、あらかじめ、その物の上に所有権、地上権、賃借権、その他の支配権を取得するか、または、その物の所有者の同意を得ることが必要である。よって、防火水槽の公用開始の要件について考えるに、消防法二一条は、消防長または消防署長が、その所有者、管理者または占有者の承諾をえて、消防水利に指定し、消防長または消防署長は、指定をした消防水利には、命令で定めるところにより、標識を掲げなければならないと規定し、(1)消防長等の指定、(2)所有者等の承諾、(3)指定を公示する標識の設置の三つを要件としている。よって、本件防火水槽が、国家賠償法二条一項の「公の営造物」と認められるためには、右の三要件全部を具備していることを要する。しかし、消防水利の指定は、どのような水利に対してもなしうるものではなく、指定しうる消防水利の基準は、消防庁の勧告により定められ(消防法二〇条一項)、昭和三九年一二月一〇日消防庁告示第七号消防水利の基準三条一項によると、消防水利は、貯水量が常時四〇立方メートル以上なければならないとされている。しかるに、本件防火水槽の容積は四〇立方メートルを超えないと推定され、また、深さが約三メートルあるにかかわらず、昭和四五年一一月二一日には水深は約一メートルしかなく、同四六年一一月一八日には水深は約〇・一メートルしかなく、その貯水量に至っては到底消防水利の基準を満すことのできないものである。よって本件防火水槽は、被告において消防法二一条一項の消防水利の指定ができないものであり、被告においても指定をしておらず、被告において管理すべき義務も権限もないのである。

原告らは、消防団員が水量を点検していたこと、当初消防車で給水していたこと、昭和四〇年被告が給水管の設置工事をし、それ以後はこれによって給水をしていたことから、被告が本件防火水槽を管理していたと主張する。しかし、消防団員が水量を点検することや、水量が少い時に水槽の所有者もしくは管理者に給水を依頼したり、反対に、所有者等の依頼に応えて消防車により給水することは、住民を火災から守ることを責務とする消防機関としては当然の処置であろう。よって、被告においても、本件防火水槽のような指定消防水利以外の消防用の水利を把握し、不定期ではあるがその水量を点検し、突発の火災に備えていたのである。しかし、点検をし給水をしているからと云って、その施設を管理していることにはならない。私人の庭の池泉や、田、農業用水、プールを点検し、時に依頼に応えて給水をしたからといって、すべて被告がそれらの施設を管理していることになると考えることはいかにも不都合であろう。右の点は、デパート、旅館、工場が自ら消防用の諸設備をし(工場などは消防車まで所有している。)、自己およびそこに集まる人々の生命、財産を火災から守る努力(自衛の原則)をしていることを考えても明らかである。

原告らは、火災の折、消防車が本件防火水槽を二、三回使用したことから、被告が本件防火水槽を管理していると主張する。しかし、火災の場合には、指定消防水利だけでなく、あらゆる水利を使用し迅速に消火するよう努めるのが当然なのであって、火災の際には、田、私人の庭の池、全く個人の施設である水槽等あらゆる水利を利用するものである。よって、原告らの主張のように考えるならば、それらの施設もすべて被告が管理しなければならなくなってしまう。そのような結論が、いかに現実を離れ、当をえないものであるかは論ずるまでもない。

原告らは、被告の上層部の指示で消防署が本件防火水槽の蓋を新らしくより安全なものに取り替えたのは被告が管理していたからだと主張するが、そうではなく、被告市長の、被告は直接管理責任はないが、事故再発は是非とも防止しなければならないという道義的配慮、政治的判断に基づく指示によって行われたものであるから、被告による本件防火水槽の管理とは全く関係がない。

被告が原告らに対し葬儀に際して五〇、〇〇〇円の支払をしたのは、森下市会議員から、何とか原告らに葬式代を支払ってやって欲しいとの要望が出されており、原告らが経済的にも困窮している様子でもあったところから、交通災害見舞金の制度を援用して、その最高額を見舞金として支払ったのであり、被告が原告らに対する賠償義務を認め、その履行として支払をしたものではない。

また、被告には、本件防火水槽をその所有者が撤去することを禁止する権限はなく、逆に所有者は本件防火水槽を自由に処分することができる。よって、本件防火水槽は「公の営造物」とは云えない。なぜなら、「公の営造物」は公共用物として、公法的制約を受けるものであって、所有者において任意に処分することが許されないものであるからである。消防法二一条三項も、指定消防水利の処分は消防長または消防署長に対する届出を要件としている。

そもそも、消防事業は、昔から地域住民の共同作業として地域住民の責任において行われてきたものである。今日、地方公共団体において、消防本部あるいは、消防署を設置して消防の合理化を図っているが、それは、消防を地域住民の責務から除外したものではなく、地域住民の消防作業を指導し迅速、確実なる消防により、住民の災害を最少限にくいとめ、また、地域住民だけでは手に負えない火災にも十分対処する設備や組織を設け住民を火災から守ることを意図しているのである。

よって、各地域には、地域住民の自主的消火活動のための施設として、それぞれの住民が管理する消防施設が設置されているのである。本件防火水槽もそのような施設の一つであると考えられる。消防は、このように地域住民と消防機関との協力によって行われてきているものである。よって、この協力、指導の一方法として、被告が本件防火水槽の水量を点検し、またこれが不足の時にその依頼に応じ給水したからといって、水槽までも被告が管理していると考えることは、消防の実体を正確に把えたものではない。地域住民は自主的に小規模な消防施設を管理し、地方公共団体の消防機関は大規模な消防施設を管理し、その仕事を分担し、協力し合って消防に努めているのである。

特に本件防火水槽においては、給水管のコック開閉用のハンドルを被告において管理しておらず、地域住民によって管理されているのであるから、その管理は地域住民の責任においてされており、被告の管理しているものではないことになる。

本件防火水槽の上には「消火せん、四号」と表示された看板(これは、被告の設置している標識とは形がまるで異なる。)が設置してあり、原告らは、被告が私人の設置した右看板を放置し、撤去を命じることなく、現実に右看板が立っていたことは、被告において暗黙のうちにその設置を認めたものであると主張する。しかし、本件防火水槽は被告所有のものでなく、また、被告の管理するものでもないから、被告としては右看板の設置を了承する権限も、それを撤去させる権利も有していないのであり、また、消防法二一条二項は、指定消防水利に標識を設置することを被告に義務づけてはいるが、それ以外の施設に標識が設置されている場合に、それを撤去すべきことまでは義務づけていないのであるから、被告は消防法によっても右看板の撤去を命ずる義務がない。よって、義務なきことをしなかったことから、責任を負うべきだという原告らの主張は失当である。また、撤去の義務があったとしても、被告の管理は認められないから、右義務の懈怠があっても同様である。

以上によれば、被告が国家賠償法二条一項の規定による責任を負うことはない。

4  同(四)の主張は争う。前段で述べたように、被告は本件防火水槽を管理しておらず、その占有者ではないから、被告は土地の工作物の占有者としての責任も負わない。

5  同三の1の(一)、2ないし4の各事実は不知、同1の(二)の事実のうち、身分関係は認め、その余は争う。

6  仮定抗弁

(一) 原告らは亡明彦(当時三才)の父母でありその親権者であって、亡明彦を監護すべき義務があった。

(二) 原告らは亡明彦が日頃から本件防火水槽の近くで遊んでいることを知り、同人が当時まだ三才で、事理を弁識できず、本件水槽上で遊ぶことが危険であることを認識できないのであるから、親権者としては、明彦の遊ぶ附近の危険の有無を調べ、適当な方法をとって明彦の安全を図り、その監護の義務を尽すべきであったが、原告らは明彦に対し、道路上の自動車に注意するように云ったのみで、明彦が本件防火水槽上で遊ぶことを放置しておいたために、このような事故が生じたのである。原告らにも本件事故発生につき過失があるから、損害賠償の額を定めるにつき斟酌されるべきである。

六  抗弁に対する原告らの答弁

1  被告の抗弁(一)の事実は認める。

2  同(二)の事実は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

第一  事故

原告らの請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

第二  被告の責任

一  原告ら提出の証拠その他本件全証拠によるも、原告らの請求原因一の1の(一)の事実中、被告が本件防火水槽を、その敷地とともに林真一から寄附を受けたとの事実を認めるに足りない。

二  ≪証拠省略≫を綜合すれば、被告が昭和四〇年頃本件防火水槽に、被告の管理する上水道から給水をする設備(以下本件給水設備という。)を自己の費用で設置したことは認められるが、さらにすすんで、右設置によって本件防火水槽が右給水設備に従として附合し、被告の所有に帰したと解することは困難である。

三  そこで、被告が本件防火水槽を管理していたといいうるか否かについて検討するに、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件防火水槽は、昭和二四、五年頃、右防火水槽が存する町名の通称である外町およびその附近に防火水槽がなかったところから、それを造ることが町内の要望としてあり、従前から犬山町(当時)の町議会議員であった林真一がその所有地である犬山市大字犬山字南古券七六番二原野一九平方メートルを敷地として提供し、日本紙工業株式会社の前身にあたる会社または個人が費用を負担して設置したこと、林真一は昭和三六年一月三一日死亡し、林銑二が右土地の所有権を相続によって取得したこと、当初は上部が開放され、そこに金網が張られていたが、その後コンクリートで蓋をしたこと、右の際南東部と南西部に一辺約六〇センチメートルの正方形の取水口が一か所宛作られたこと、深さは約三メートルあり、本件事故直後頃の水深は約一メートルであったこと、本件防火水槽は、前示被告が昭和四〇年頃設置した本件給水設備により上水道の水を水槽内に注ぎながら、右取水口から消防車のホースを差入れ水を吸上げて放水する方法によって使用するものであること、右給水設備のコック開閉用のハンドルは被告所有の消防車に備えられ、右消防車は被告消防団が管理していること、本件防火水槽の附近には被告が設置、所有する(私人が設置したがその後被告が所有権を取得したものを含む。)消火栓、防火水槽は存在せず、約一〇〇メートル北、約一二〇メートル南、約一七〇メートル西に本件防火水槽と同様の防火水槽が各一基、約二〇〇メートル北、約一八〇メートル南西、約一九〇メートル北西に被告設置にかかる消火栓が各一基存するのみであること、被告消防署員または被告消防団員において時折本件防火水槽を点検していたこと、本件給水設備ができる前は被告所有の消防車で水を補給していたこと、被告消防団において本件防火水槽の水を使用して防火訓練を行ったことがあること、火災の際被告が本件防火水槽を使用して消火活動をしたことが何回かあること、本件事故の直後被告において本件防火水槽の取水口の鉄蓋を、ずれるおそれのない構造のものに取り替えたこと、亡明彦の葬儀に被告総務部長および同消防署次長が参列したことが認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実からすれば、本件防火水槽はその敷地に従として附合したものというべく、敷地の所有者である林真一において土地の定着物である本件防火水槽の所有権を取得し、その後昭和三六年一月三一日相続によって林銑二がその所有権を取得したものであるが、本件事故当時におけるその構造、使用方法からすれば、現実には被告所有の消防車のみがこれを利用することができ、かつ被告が設置した本件給水設備と一体となっており、機能の点からすれば、本件給水設備が主であり本件防火水槽は従たる地位にあるというべきもので両者が相俟って消火栓と同様の効用を発揮するものであるところ、右給水設備のコック開閉用のハンドルは被告消防団が保管しているのであるし、また本件防火水槽附近における消防水利の配置状態からすれば、本件防火水槽は消火栓もしくは水道(消防法二〇条二項但書)と同様の働きをするものとして被告の消防水利に組入れられていたものと解せられる。また、被告は本件防火水槽を点検し、その水を使用して防火訓練を行い、本件事故直後取水口の鉄蓋を取り替え、被告総務部長および同消防署次長が葬儀に参列するなど、管理者が通常行うような種々の行為をしており、これらを合せ考えれば、被告は本件防火水槽に給水設備を設置した昭和四〇年頃から本件防火水槽を事実上管理し、これを自己の用に供するに至ったものと考えられる。そうであるとすれば、本件事故当時本件防火水槽は公用物たる公の営造物であったものというべきである(公用物であるから公用開始行為はこれを必要としない。)。

四  ≪証拠省略≫を綜合すれば、本件防火水槽はその南側の幅員四・二メートルの東西に通ずる道路に接し、右道路の交通は閑散であり、右道路を隔てた南側に小神社があり、水槽の北側に接して日本紙工業株式会社の工場がある他は住宅街となっていること、附近の子供達は右神社および本件防火水槽附近でよく遊んでいたこと、本件防火水槽の取水口は前示のとおり一辺約六〇センチメートルの正方形のものが二か所設けられており、これを鉄蓋で覆っていたのであるが、右鉄蓋は軽量で幼児が上に乗ってとびはねたりすれば容易にずれ、幼児が水槽内に落ちる危険があったこと、水槽の深さは約三メートルで、本件事故当時水深は約一メートルあり、幼児が転落すれば生命の危険があったことが認められ、他に右認定に反する証拠は存しない。右事実からすれば、本件防火水槽は本来備えるべき安全性を欠いており、瑕疵が存したものというべきである。

五  以上によれば、被告は国家賠償法二条一項の規定により、亡明彦ならびに原告らに生じた損害を賠償する義務があるといわざるをえない。

第三  損害

一  逸失利益

亡明彦が本件事故当時三才であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、明彦は健康な男児であったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。また、昭和四五年簡易生命表によれば、三才の男子の平均余命は六七・五八年であること、労働省労働統計調査部の賃金センサスによれば、昭和四五年における新高卒男子労働者の平均初任給は一か年四九二、〇〇〇円であることが明らかである。以上の事実を基礎とし、稼働可能期間を一八才から六三才までの四五年、生活費を二分の一とし、ホフマン年毎複式により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すれば四、〇二七、九九三円となる。

492,000円×1/2×(27.35479244-10.98083524)=4,027,993円(円未満切捨)

二  慰藉料

≪証拠省略≫を綜合すれば、原告らはその長男明彦の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、本件事故の態様その他一切の事情を考慮すれば、原告らの精神上の損害に対する慰藉料としてはそれぞれ一、五〇〇、〇〇〇円宛をもって相当と認める。

三  葬儀費用

≪証拠省略≫によれば、原告秀彦が亡明彦の葬儀費用その他雑費として五五、七八八円を支出したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

第四  過失相殺

≪証拠省略≫によれば、原告らは、亡明彦が近所の子供達とともに本件防火水槽附近でよく遊んでいることを知っていたが、本件防火水槽に危険な個所がないか調査することもなく、慢然と安全であると信じ、明彦に対し本件防火水槽附近で遊ぶことを禁止するとか保護者が付添う等適切な措置を講じていなかったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右事実によれば、本件事故につき被害者側にも不注意な点があるので、損害賠償の額を定めるにつき斟酌されるべきであり、過失相殺の割合は二割とするのが相当である。

第五  相続

原告らが亡明彦の父母であることは当事者間に争いがなく、原告らは相続によって亡明彦の得べかりし利益の喪失による損害賠償債権の二分の一宛を相続によって取得したものというべきである。

第六  弁護士費用

≪証拠省略≫を綜合すれば、原告らは原告ら訴訟代理人に対し本件訴訟を委任し、原告秀彦において報酬として原告らに対する認容額の一割を支払う旨約束したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右事実に前示認容額、本件訴訟の経過を考慮すれば、被告が原告秀彦に対して負担すべき弁護士費用の額は二八〇、〇〇〇円をもって相当と認める(原告キクエの弁護士費用については別途同原告が報酬契約をした上で請求すべきであろう。)。

第七  以上によれば、被告は原告秀彦に対し三、一三五、八二七円(円未満切捨)およびうち弁護士費用に相当する二八〇、〇〇〇円を除いた二、八五五、八二七円については本訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな昭和四六年一月三〇日から(同原告の請求の限度)完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告キクエに対し二、八一一、一九七円(円未満切捨)およびこれに対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな昭和四六年一月三〇日から(同原告の請求の限度)完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があるというべきである。

よって原告らの請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、九二条を適用して主文のとおり判決する。なお仮執行の宣言の申立は相当でないものと認めこれを却下する。

(裁判官 松原直幹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例